Outdoorに身を置き 徒手で生き抜く
野営家 伊澤直人
その“キャンプ”は、世間一般のイメージとは一線を画す。
「レジャー」と呼ぶにはあまりにもタフで、
「レクリエーション」と呼ぶにも人を選ぶ。
「アクティビティ」はかなり近いけれども、
最終的には「サバイバル」に収まりそうだ。
必要最低限の道具だけを携えて、自然の中で一晩を過ごす。火をおこし、野営する。
幼少期は病弱で、インドア派にならざるを得なかった。しかしその分だけ、Outdoorへの思いを強く募らせていたのだという。自分の力ひとつで生き抜くあり方に憧れ、高校2年の時から各地でサバイバル要素の強いキャンプを経験。社会人になって以降は2度の震災が大きな転機となり、脱サラして「野営家」を名乗るに至った。
自分だけの力で生き抜く その術を伝授
普段なら行けない場所に、足を踏み入れる。
今までできなかったことに挑み、達成する。
人生には、そうした充実の瞬間が必要だ。
自身が主宰する「週末冒険会」には、さまざまなバックグラウンドの人が参加する。老いも若きも、中には著名人も社会的な地位を持つ人も含まれているという。
その中で最も盛り上がるのは、焚き火だ。
最低限のやり方を最初にレクチャーして、あとは独力でやってもらう。一人で木を集めて、組んで、火をつける。もちろん最初はうまくいかないのが当たり前。ティッシュペーパーをたくさん詰めているのに火が起こらず頭を抱える人もいれば、マッチ一本でチャレンジする人も。もちろん最低限のアドバイスはするが、考えて実行するのは参加者自身だ。
「燃え上がった瞬間は、どんな人でも例外なくテンションが上がりまくります。自分の力で火をつけられたら、ご飯も作れる。そうしたら、生きていける気がする――と言うんですね」
その中で最も盛り上がるのは、焚き火だ。
最低限のやり方を最初にレクチャーして、あとは独力でやってもらう。一人で木を集めて、組んで、火をつける。もちろん最初はうまくいかないのが当たり前。ティッシュペーパーをたくさん詰めているのに火が起こらず頭を抱える人もいれば、マッチ一本でチャレンジする人も。もちろん最低限のアドバイスはするが、考えて実行するのは参加者自身だ。
「燃え上がった瞬間は、どんな人でも例外なくテンションが上がりまくります。自分の力で火をつけられたら、ご飯も作れる。そうしたら、生きていける気がする――と言うんですね」
野営家に言わせれば、焚き火ひとつでも実に奥が深い。火を起こす意味合いも違う。「普通のキャンプは、火をめでて楽しむ、燃やして楽しむホビーの焚き火。でも自分の場合は、野外で生活するためのパワーソースなんです」。調理と暖房のための熱源であり、灯りのための光源でもある。それは人類が人類たり得た、プリミティブな用途そのものだ。
用途に応じた焚き火の組み方も、細分化されている。温まるためには遠赤外線を放出する「おき」が自分の体にたくさん向くように薪を配置。調理をしてから複数人で歓談するなら、明るさを重視して木を組み立てる。中でもこだわっているのは、薪の太さだ。森の中から倒木を引きずり出してきて、そのまま使う。
「細かい薪を火にくべると燃えやすくはあるけど、逆に言えば持続力がないんです。だから、寝て起きても火種をなるべく残すような燃やし方をお勧めしています」。八ヶ岳周辺は秋にもなると朝晩の冷え込みは氷点下までになるが、暖房に向いた燃やし方であれば寝袋だけでも不自由なく睡眠を取ることができるのだという。もちろんそこに、テントはない。
「今は逆に、テントで寝ると外が見えないから怖いんですよ。外で寝ている方が、『ガサッ』と音がしてもすぐに見えますし。暗闇が怖いという感覚もなくて、むしろ身を守ってくれる幕だという捉え方のほうが強いです」
「独り野外で道具がなくても、なんとかなる」という自信が生まれ、それが根源となって心の平穏が保たれるのだという。
自分の力で、したたかに生き抜く。
その成功体験は、人を強靭に育てていく。
「細かい薪を火にくべると燃えやすくはあるけど、逆に言えば持続力がないんです。だから、寝て起きても火種をなるべく残すような燃やし方をお勧めしています」。八ヶ岳周辺は秋にもなると朝晩の冷え込みは氷点下までになるが、暖房に向いた燃やし方であれば寝袋だけでも不自由なく睡眠を取ることができるのだという。もちろんそこに、テントはない。
「今は逆に、テントで寝ると外が見えないから怖いんですよ。外で寝ている方が、『ガサッ』と音がしてもすぐに見えますし。暗闇が怖いという感覚もなくて、むしろ身を守ってくれる幕だという捉え方のほうが強いです」
「独り野外で道具がなくても、なんとかなる」という自信が生まれ、それが根源となって心の平穏が保たれるのだという。
自分の力で、したたかに生き抜く。
その成功体験は、人を強靭に育てていく。
病弱だった幼少期「強さ」への憧れ募らせる
とはいえ本人も、最初からそうだったわけではない。むしろ、その逆だった。小学生時代は小児ぜんそくを持っており、肥満児でいじめられっ子だったという。小学5〜6年時は喘息もピークで、ほとんど学校に行けない時期が続いた。時折登校できてもクラスメイトにいじめられるから、なおさら足が遠のく悪循環。ふとんで体を横たえていてもつらいから、半分だけ起き上がった状態で過ごしていた。
「もっと体も心も強くしたい。みんなが遠くまで遊びにいっているのに自分だけが寝込んでいるのは悔しい」。そのときに、本を読んだ。アウトドアやキャンプの書籍を。さらに、空想を膨らませた。ステレオタイプなんですけど、と照れ笑いしながら振り返る。「森の中、独りで生活できる物語の主人公みたいな存在に憧れました。クマに襲われたら?病気になったら?ご飯はどうしよう?とか、いろいろと考えていました」。
それと前後して、父親の勧めでボーイスカウトに入団していた。最初は気が進まなかったというが、野外で同級生たちと時間をともにする楽しさが心に芽生えた。中学生になって高校生に上がり、いつしかキャンプは生活の中心になっていった。
そしてついに、大きな一歩を踏みしめる。
高校2年生の、秋分の日。人生初のソロキャンプだ。
しかも当時から、テントは持っていない。近くの里山に自転車で行き、差し掛け小屋のような簡易的なスペースを作って野営をした。
それと前後して、父親の勧めでボーイスカウトに入団していた。最初は気が進まなかったというが、野外で同級生たちと時間をともにする楽しさが心に芽生えた。中学生になって高校生に上がり、いつしかキャンプは生活の中心になっていった。
そしてついに、大きな一歩を踏みしめる。
高校2年生の、秋分の日。人生初のソロキャンプだ。
しかも当時から、テントは持っていない。近くの里山に自転車で行き、差し掛け小屋のような簡易的なスペースを作って野営をした。
だが、寝られない。
緊張でだ。
「夜になると遠くの物音が近くに聞こえます。焚き火をして座っていて、そこらへんで松ぼっくりが落ちたような音だけでも『何か獣が来たんじゃないか』とドキドキしました」。寝袋に入っても風の吹く音が、落ち葉や下草が擦れる音が、眠気をいともたやすくかき消していく。「見えない」暗闇の意味は、経験を重ねた今とは180度異なっていた。
日程は2泊3日。初日の疲れもあって、2日目は多少眠れた。そうした経験を経て自信がついた。行けないところに行けた。やれなかったことをやれた。しかも、独力で。アドベンチャーから生還して、ひとまわり成長できた。その成功体験が、どんどん加速していった。
だが、寝られない。
緊張でだ。
「夜になると遠くの物音が近くに聞こえます。焚き火をして座っていて、そこらへんで松ぼっくりが落ちたような音だけでも『何か獣が来たんじゃないか』とドキドキしました」。寝袋に入っても風の吹く音が、落ち葉や下草が擦れる音が、眠気をいともたやすくかき消していく。「見えない」暗闇の意味は、経験を重ねた今とは180度異なっていた。
日程は2泊3日。初日の疲れもあって、2日目は多少眠れた。そうした経験を経て自信がついた。行けないところに行けた。やれなかったことをやれた。しかも、独力で。アドベンチャーから生還して、ひとまわり成長できた。その成功体験が、どんどん加速していった。
サバイブのために 求めるギアの耐久性
すぐに今のライフスタイルになったわけではない。アウトドアの学校に通っていた21歳のとき。テレビ局のディレクターから阪神大震災の取材に同行するよう勧められ、発生1週間後の須磨市役所を訪れた。市役所の廊下の冷たいリノリウムの床に、80歳はゆうに越えているであろう老婆が新聞紙一枚だけ敷いて体を横たえていた。
「キャンプ用のマット1枚でもあれば多少ましなのに、これは地震でなくても死んでしまうんじゃないか…?」
そして2011年、3月11日。東日本大震災で、故郷・宮城県も甚大な被害を受けた。実家に駆け付けたら、幼少期を過ごしていた光景は、津波によって跡形もなく破壊されていた。「どこがどこなのかわからないし、亡くなった人のリストに友だちの名前もありました」。もともとサラリーマン生活にも、どこかしら違和感を覚えながら過ごしていた。この2度の震災経験がトリガーとなり、新たな道を切り開くことに決めた。
「人間、いつどうなるかわからない。好きなときに好きな場所に行って好きなことをして、好きな人に会って酒を飲んで笑い合うライフスタイルを目指したいと思ったんです」
全国どこでも行って野営する。震災の経験をベースに、防災教室も開く。その際にはもちろん、タフなアウトドアギアが欠かせない。「機能性をメインにしますが、あとは耐久性。道具を持っていかないキャンプは荒っぽいんです。火おこしするにも膝とひじを地面について、ほっぺたを地面にこすり付ける姿勢で息を吹いたり、森の中にガサガサ入って木の枝を拾ってきたり」。だから、膝や可動部が補強されているパンツやジャケットは重宝する。もちろん、雨が降った時の防水性も重要だ。
「人間、いつどうなるかわからない。好きなときに好きな場所に行って好きなことをして、好きな人に会って酒を飲んで笑い合うライフスタイルを目指したいと思ったんです」
全国どこでも行って野営する。震災の経験をベースに、防災教室も開く。その際にはもちろん、タフなアウトドアギアが欠かせない。「機能性をメインにしますが、あとは耐久性。道具を持っていかないキャンプは荒っぽいんです。火おこしするにも膝とひじを地面について、ほっぺたを地面にこすり付ける姿勢で息を吹いたり、森の中にガサガサ入って木の枝を拾ってきたり」。だから、膝や可動部が補強されているパンツやジャケットは重宝する。もちろん、雨が降った時の防水性も重要だ。
そして富士見町に移住。かつて一時期アルバイトで過ごした北海道・大雪山の風景に似ていて、南向きに広がる日当たりの良い広葉樹林などの地勢や植生が気に入ったのだという。野営だけでなく、普段の生活も森の中。週末だけでなく1年間365日を自然に囲まれて暮らす中で、価値観にも変化が生まれた。
「エコになりました。焚き火もただバンバン燃やすんじゃなくて、なるべく全部のエネルギーを役立たせる燃やし方をしたい。それで灯りがあれば、ランタンでガソリンを使わなくて済みます」。近くにある水神様には敬意にも似た思いが湧き起こって、井戸水も必要以上に汲み上げたりはしない。
未舗装の隘路を上った森の入り口に、カントリー風の家を構えて夫人とともに住まう。その家も自分で、3年半かけて作った。せっかく自作した家があるのにわざわざそばの森で寝たりするのも、実に「らしい」行動なのかもしれない。
野営。
自分だけの力で、自然と対峙する武骨な営み。
それが当たり前のライフスタイルには、“Outdoor”も“Indoor”もない。
ただ自然の中で自然と、シームレスにつながっている。
未舗装の隘路を上った森の入り口に、カントリー風の家を構えて夫人とともに住まう。その家も自分で、3年半かけて作った。せっかく自作した家があるのにわざわざそばの森で寝たりするのも、実に「らしい」行動なのかもしれない。
野営。
自分だけの力で、自然と対峙する武骨な営み。
それが当たり前のライフスタイルには、“Outdoor”も“Indoor”もない。
ただ自然の中で自然と、シームレスにつながっている。
取材協力: 富士見 森のオフィス
八ヶ岳の麓、長野県富士見町で2015年末にオープンしたコワーキングスペース。
元大学の保養所を改装した木造施設には、コワーキングスペース、個室オフィス、食堂・キッチンを備え、敷地内には宿泊棟やキャンプサイトも併設されている。
町への移住促進を目的に設立された同施設には、都心からの移住者や二拠点居住者などが集まり、繋がりの中から様々なプロジェクトが生まれ、これからの新しい働き方を体現する場として注目を集めている。
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